書店の駐車場に入ろうとしたら
白い車がほぼ同時に滑り込んできた
見覚えがある
近くの飲食店の前に、よく止まっている車
たぶん、あの店の人なのだろう
その車のかたちは、よく知っている
前にあれと同じのに乗っていた
だから、目が行く
降りてきたのは、小綺麗なスラッと長身の中年男だった
ネイビーのジャケットに白いパンツ、ローファー
短めのソックスの隙間から足首がのぞいていた
なんの変哲もない、普通のおじさんの足首
彼はまっすぐ雑誌コーナーへ向かい、
ビジネス誌を手に取って立ち読みを始めた
その動きに無駄がなかった
慣れている感じだった
そして、肩からさげていた白いトートをすっと下ろして―
雑誌の上に置いた
床に置きたくなかったのだろう
けれど、私はその感覚がどうしてもわからなかった
自分の持ち物が少しでも汚れるのは嫌で、他人のものだったら平気
車を運転しながら、タバコの吸い殻を窓から捨てるのと同じ感じ
私はそういうことをしない、できない
誰が手に取るかわからない雑誌の上に、バッグを置いたりしない、できない
「すみません、その下の雑誌を」そう声をかけると、
「あ、すみません」と笑ってトートをどけた
そのまま持つのかと思ったが―
また別の雑誌の上にそっと置いた
手慣れた所作で
罪の意識は、たぶんゼロだ
私はその下にあった雑誌をカゴに入れた
けれど、レジに向かう途中で気が変わった
表紙に触れた指に、さっきのバッグの底のざらつきが
それは、おじさんの足首のざらつきのような気がした
私は静かに棚に戻した
そのほかの雑誌を10冊ほど手にとってセルフレジで会計をした
店を出ると、白い車がゆっくり駐車場を離れていくところだった
彼は何も買わず、立ち読みだけして帰っていった
車も服も、よく手入れされていた
整っているのに、すかすかしていた
私は誰かのものを踏まない
遠ざかる白の後ろ姿を見ながら、ふと思った
身につけるものより、身についたものが人を語る