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国際法なき時代

· essayistic

2026年2月28日、イスラエルとアメリカはイランを攻撃した。

しかもその直前まで、アメリカとイランはオマーンなどの仲介のもと、核開発の制限と制裁緩和をめぐって間接交渉を重ねていた。報道上は、前例のない率直さを伴う協議であり、核合意再建の可能性すらなお残されているかのように見えていた。だが、結果から振り返るならば、あの交渉は和平への努力であると同時に、少なくとも相手にそう信じさせる政治的装置でもあったと言わざるをえない。

3回目の交渉の直後に攻撃が始まったという事実は、外交が平和の手段である以前に、軍事行動の時間を稼ぐ技法にもなりうることを、あまりにも冷酷に示した。

不意打ちではない、という言い方もできるだろう。軍事的緊張は高まり、攻撃の予兆はすでにあった。だが、それでもなお不意打ちだった。なぜなら、人は外交が続いている限り、最後の一線では理性が勝つと信じたいからである。その信頼を利用した攻撃は、単なる軍事作戦以上の意味を持つ。相手の防衛線だけでなく、交渉という制度それ自体への信頼を破壊するからだ。「21世紀の真珠湾攻撃」と呼びたくなるのは、被害規模の単純な比較ではなく、政治心理の次元で、信頼を利用した先制の論理がそこにあるからである。

2026年1月には、アメリカがベネズエラでニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拘束し、米国へ移送したと報じられた。これが意味するのは、もはや「他国の主権」や「国際秩序」が、強大な国家の前ではきわめて脆弱だという現実である。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルのガザにおける大規模な軍事行動、そしてアメリカによる一連の越境的な暴力。国連は機能不全に陥り、国際法は理念として残っていても、現実を拘束する力を急速に失っている。少なくとも今日の世界で、法は力を制御するものではなく、しばしば力を正当化するための修辞へと転落している。

ここで露呈したのは、アメリカだけの問題ではない。

人権、自由、平等を普遍的価値として掲げてきたヨーロッパの欺瞞もまた、すでに隠しきれなくなっている。欧州における反移民感情は、2015年の難民危機以降に突如生まれたものではない。第二次世界大戦後の高度成長期、ドイツやイギリスをはじめ多くの国々は、労働力不足を補うために外国人労働者を受け入れた。その時点から、経済はその労働を必要としながら、社会は彼らを対等な成員として迎え入れる準備を欠いていたのである。景気が良いときは「必要な労働力」として受け入れ、経済が鈍れば「問題」として排除する。この二重基準こそ、のちの排外主義の土壌であった。

2010年代に入り、経済停滞と社会不安が深まるなかで、移民への不満はとりわけフランスなどで可視化され、2015年の難民危機を境に一気に政治化した。すでに2014年頃の欧州議会選挙では、反移民を掲げる極右勢力が支持を拡大していた。その後も欧州各国では、亡命・移民政策の厳格化が制度として進み、近年はEUレベルでも、反移民感情の高まりを背景に、より強硬な方向への制度改編が進んでいる。つまり、ヨーロッパは理想を裏切ったのではなく、平時には理想を語り、危機には本音を露出する構造を、もともと内側に抱えていたのである。私自身が英国に滞在していた2005年から2009年は、この流れが全面化する直前の時期だった。振り返れば、静かな亀裂はすでに存在していたが、それが政治の表舞台にまでせり上がってくるには、なお数年を要したのだと思う。

そして日本もまた、この世界的傾向の例外ではなかった。2012年に始まった第二次安倍政権以降、日本社会には「強い国家」「安全保障」「経済成長」の名のもとに、異論を押し切る統治スタイルが定着していった。安保法制、特定秘密保護法、共謀罪法、働き方改革関連法、労働者派遣法改正、IR実施法――それぞれ個別の政策目的は掲げられていたが、共通していたのは、国民的合意が十分に熟していない段階で、政府が必要性を一方的に定義し、制度変更を既成事実化していく手法であった。そこでは、立憲主義や熟議民主主義よりも、「決める政治」が優越した。反対論はしばしば時代遅れか非現実的であるかのように処理され、監視、統制、例外措置の閾値は少しずつ下げられていった。

2020年から2023年にかけて世界を覆った新型コロナ感染症は、そうした統治の脆さをあらわにした。感染症そのものが政権を倒したというより、危機に直面したとき、長期政権が蓄積していた制度疲労、説明責任の軽視、現場感覚の欠如が一挙に露出したのである。その後、日本では短命政権が続き、2026年3月時点では高市政権に至っている。だが、政権交代の速度に反して、政治倫理が回復したとは言いがたい。むしろ時を経るごとに、行政は国民生活への介入や管理の技術だけを洗練させ、生活保護、医療、教育といった社会保障の基盤には冷淡さを深めているように見える。マイナンバーカードと健康保険証の紐付けをめぐる拙速な運用は、その象徴のひとつである。国家は「守る」と言いながら、実際には「把握する」ことに熱心であり、「支える」ことには驚くほど倹約的だ。

結局のところ、国際法が死んだのではない。

国際法を支えるはずだった政治的・倫理的基盤が、長い時間をかけて内側から腐食していたのである。欧州の排外主義も、日本の統治の強権化も、アメリカの越境的暴力も、ある日突然現れたのではない。景気が悪くなれば弱者を切り捨て、危機が来れば自由を制限し、不安が高まれば外部の敵を必要とする。そのような社会の習性が積み重なった先に、今日の世界がある。だから、いま起きていることを単なる異常事態として片づけるのは誤りである。むしろ、これは私たちが長く見て見ぬふりをしてきたものの帰結なのだ。

それでも、絶望だけを語って終えるべきではないだろう。法が力を失う時代に必要なのは、法の理念そのものを見限ることではなく、その理念を空文化させた政治と社会の惰性を見抜くことである。国際法は、紙の上に書かれているから無力なのではない。それを支える市民的倫理と政治的覚悟が失われたときにのみ、無力になる。ならば再建されるべきは、条文以上に、社会の側の判断力である。私たちが本当に恐れるべきなのは、戦争や監視や排外主義そのものだけではない。それらを見てもなお、「しかたがない」と受け入れてしまう感覚の麻痺である。

国際法が死ぬのは、爆弾が落ちる瞬間ではない。

社会がそれを当然のこととして飲み込む、その静かな瞬間である。